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執筆者の写真渡邊 優

真理の探究をしている自分は当別だ。

このパターンと向き合ってから、あらゆる私のパターンがドミノ倒しのようにパタパタと倒れ納得し、腑に落ちる理解をしています。


この自分は特別だ、と思うパターンは傲慢です。このパターンに限らず、思い通りじゃなきゃ嫌だ、というパターンも傲慢さの王様です。なぜなら、思い通りじゃなきゃ嫌だというパターンは、自分の思い通りにできると思っているからです。その他にも、認められたいというパターンもそうで、自分は認められると思っているのだし、大切にされたいというパターンも、大切にされると思っているのだし、愛されたいというパターンも、自分は愛されるに値すると思っているのです。だから、認められなかったり、大切にされなかったり、愛されていないと思うと、パターンは騒ぐのです。愛してほしい、大切にしてほしい、認めてほしいと・・・

これがダメとか、レベルが低いということではなく、パターンとはそういうものだということです。


これが分かった時、私の中で何かがほっとしました。

複雑に絡み合っていた糸が解けたように、わかった気がしたからです。

そして、もう戦わなくていいということも、わかりました。

それは周りとも、自分ともです。

なぜなら全て、自分の中だけで起こっていたことだから。

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